作品情報
ジャンル:ヒューマンドラマ
あらすじ
インフルエンザに苦しむ男は病床にて考える__
「なんだかなぁ…。」
高熱に侵され、身体中を痛みが走る。目を開ける事さえ出来ない僕は布団にくるまったまま、そう呟いた。
例えばテレビドラマで観た高杉晋作は、病に侵される姿も格好良く映った。「それはドラマだからだ」と言われたならそれまでなのだが、比べて自分ときたら格好良さなど微塵もない、それはそれは哀れな姿だと思えてしまい。そりゃ呟きたくもなるわけだ。
今流行りのインフルエンザA型だと診断を受けたのは一昨日の事。病院の待合室には自分と似た表情の、そう限界を迎えた表情の患者達が座っていた。そういえばあの高校生は、一際限界を迎えていたあの高校生は大丈夫だったのだろうか。
インフルエンザの疑いのある者の診察は第2診察室にて行われ、インフルエンザとの診断が下った場合には会計も通常とは別の場所で行われる。しっかりとした隔離作戦だ。
その後、隣の薬局へ向かった。病院にて看護師に指示された通り第2受付というところから入る。なるほど、ここでも完全に隔離がなされているわけか。
病院にしろ薬局にしろ、日頃なかなか縁遠い自分には、妙に感心させられる光景だった。
自宅に戻ってからはただただ寝続けた。とは言っても1時間置きに目が覚めてしまうので、その度にスポーツ飲料を飲み、そしてその度にどんな体勢をとっても身体中が痛い事に苦しみながら、なんとか眠りにつく。
解熱剤・カロナールが効いてる時間はまだどうにかなるのだが、薬の切れ際が問題だ。こんなにも薬を欲した事はないほど、早くカロナールを飲みたくて仕方がなかった。もしこの状況がずっと続くのだとしたら完全にカロナール依存症となる姿が容易に想像できた。
そうしてる間に2日が過ぎた。睡眠と水分補給とカロナールの繰り返しの2日間。不思議なもので、今朝発症したばかりかと錯覚する瞬間があるし、逆にもう長い事寝込んでいるかのような感覚を持ってしまう瞬間もある。要は時間の感覚が完全に欠落したのだろう。
幾分、高かった熱は落ち着きを取り戻し始めている。それでも未だ目を開ける事さえ出来ない僕は布団の中でカブトムシの幼虫かのように丸まって思いにる耽る。
都合の悪い時にだけ「バチが当たったのかな」など言い出すあたり人間の醜さを表しているようなのだが、ガンガンと痛む頭で僕は真剣に、最近自分のした悪い事を数えてみようとする。しかし思いのほか悪い事が見つからず、少しばかりホッとする自分がいた。どうやらバチが当たったわけではないようだと勝手に解釈する。
それならば、と今度は最近自分のした良い事を数えてみることにした。ところが出てこないのだ、どれだけ自分に甘い評価にしようとも出てこないのだ。これには愕然とした。ちっぽけな人間ではあるが、誰とも変わらず1人の人間である。生きているかぎり良い事の積み重ねをしたいものである。なのに、どうだ。1つも出てきやしないのだ。
この高熱も、もうじき治るだろう、あと少しの辛抱だ。これを機に生まれ変わったつもりで、せめてもう少し“良い事を積み重ねられる人間になろう”と、そう心に決めてみた。
しかしやっぱり、そもそも良い事が1つも出てこないだなんて。また僕はため息混じりに呟いた。
「なんだかなぁ…。」
いかがでしたでしょうか。《病床にて》楽しんでいただけたでしょうか。数年前、自分がインフルエンザにかかった時に寝込んで動けない自分を題材に書いた短編です。ちなみに、《病床にて》から派生して書いたのが《フロッグカフェでは本日も》という小説です。
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(※近日アップ予定です)