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いつものベンチで

 短編小説集《ショートストーリーズ》
“いつものベンチで”

作品情報
ジャンル:青春

あらすじ
藤岡学園高校2年5組、同じクラスとの沢村空とは学校帰りにいつも決まって会う__

ボイスブック
この作品はアクター・結城志保により音声化されています。ぜひボイスブックを聴きながらお楽しみください。

 

 

 沢村空が嫌いだ。藤岡学園高校2年5組、沢村空。席はグラウンドの見える一番窓側、そして一番後ろの席。つまり私の横に座っているヤツ。
 沢村空は授業中、いつもグラウンドを眺めている。いや、グラウンドじゃない、グラウンドより視線はもっと上だ。空を眺めているんだろうな。先生の話は絶対聞いていない。
 沢村空は時々、おかしな事をする。例えば先生が黒板に書きながら喋っている間、沢村空は何故か手を上げる。そして先生が書き終わり振り向くギリギリで手を降ろす。そんなわけのわかんない事をしてニヤつくんだ。一人でだよ。誰かと一緒にやるような悪ふざけじゃなく、一人でやってるんだから気色悪い。その後はまた窓の方を向いてしまうけど、どうせ空を眺めながらニヤニヤしているんだろう。あぁ想像しただけで本当に気色悪い。そして何が嫌って、そんなわけのわからないヤツなのに試験では私より点数が良いって事。なんなのアイツ。沢村空が嫌いだ。

 

「よぉ!明日花!」
 また今日もだ。学校帰りにこの公園を通ると決まって沢村空がベンチに座っていて、決まって私に話しかけてくる。ついさっきまで隣に座って授業を受けていたのに「よぉ」って何よ。いつものように私は沢村空の横に座る。
「暇人なの?いつもいつもこんなところで。」
「そういう明日花もいつも横に座って、暇人だな。」
「うるさい、馬鹿。」
 こんな時は大抵、沢村空は顔をクシャクシャにして笑う。その顔はズルい。
「この前からずっと聞きたかった事があるんどけど。」
 ベンチに座ったばかりのこのタイミングでは、いくらなんでも、しまった、と思った。確かにずっと気になってたけど聞けなくて、だからってこのタイミングは唐突すぎた。
「んー?」
 なんて力の抜けた返事をするんだ、イライラする。タイミングは完全に失敗だったけど、言ってしまったものは仕方ない、聞くしかない。
「3組の杉山さんと付き合ってるってホント?」
「え?知美と?」
 うっわぁ、下の名前で呼んでるよ。最悪。
「杉山さんの名前、知美って言うんだね。ふーん。下の名前で呼んじゃって。仲良いんだね。ふーん。」
 沢村空は私の言葉に大きな声で笑った。そして笑いながら言った。
「仲が良いとか悪いとか、そんなんじゃなくて。」
 そんなんじゃないほどの仲なの?イライラする。
「幼馴染なんだよ。家も隣だし、親同士が仲良いからさ、ただそれだけだよ。」
 幼馴染?そうなの?家が隣?それなら友達が言ってた“沢村君が家の前で杉山さんと一緒にいた”って情報は、付き合ってるという判断材料にはならないのかな。
「…じゃぁ付き合ってないの?」
「そんな関係じゃないし。ありえないし。」
 ありえないのか。そうか、そうなのか。私はそれを聞けただけで満足だ。できる限り自然に、できる限り素っ気なく返事をした。
「そっか。ふーん。」
「ていうかさ。」
 笑いっぱなしの沢村空は続けて言った。素っ気ない返事の意味を、私の“もうこの話を終わりにしたい”と感情を感じとろうともせず話を続けるコイツは馬鹿だ。
「『下の名前を呼んじゃって、仲良いんだね』とか言ったけどよ、明日花の事だって下の名前で呼んでんじゃん。」
 そこを突かれるとリアクションに困る。
「そういう事じゃないの。」
 なんだか変な返事になってしまった。
「まぁでも確かに下の名前で呼んでいる明日花とは超仲良しだな。」
「うるさい…馬鹿。」
 ついつい顔を背けた、こんな赤くなった顔を見られたくない。少しだけ喜んでいる自分もいる。
「あ、そう言えば。」
「何よ?」
 顔を背けたまま返事。
「知美もこの前、明日花と同じ事言ってたな。似たもん同士だな。」
「何って言ってたのよ?」
「え、だから『5組のと内田明日花さんと付き合ってるってホント?』って。」
 その言葉の瞬間、赤い顔のまま振り向いてしまった。沢村空の横顔を見ながら絶句。コイツ、やっぱり杉山さんからも好意を持たれているじゃないか。
「明日花も知美も、わけわかんねえけど面白いな。」
 無邪気に笑うその横顔を眺め、生まれる衝動。殴りたい。沢村空を殴りたい。
「ん?どうした明日花?」
 こっちを向いて、不思議そうに言う沢村空。私はベンチからゆっくりと立ち上がり大きく息を吸い込む。そして公園中に響くような大きな声で空に叫んだ。
「沢村空が嫌いだ!」

 

 

 

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いかがでしたでしょうか。《いつものベンチで》楽しんでいただけたでしょうか。青春モノ、恋愛モノを書いてから友人にカフェで読んでもらうと毎回喜んでくれます。そして「こんなのを書いてるのが中年だなんて」と連呼されます 。オシャレなカフェにて平日昼間に30代後半の男二人が「書いてるのが中年だなんて」「そうなのだよ、この中年が書いてるのだよ。キュンキュンしちゃうでしょ」とか言っているんです。そのシチュエーションがすでにシュールで面白いのです。

 

 

《いつものベンチで》を更に楽しむ
別のアクターでも作品をお楽しみください。

■アクター:朧豆腐

 

 

 

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