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夜桜

 短編小説集《ショートストーリーズ》
“夜桜”

作品情報
ジャンル:恋愛

あらすじ
須賀原山公園で彼と見た夜桜。「また2人で」そう約束したあの日から3回目の桜の季節を迎える。私はここに1人で来て、今でも彼の姿を探してしまう。

ボイスブック
この作品はアクター・烏森柘榴により音声化されています。ぜひボイスブックを聴きながらお楽しみください。

 

 

— 今、私は桜の木の下に1人、立っている。 —

 

 須賀原山公園はこの季節、長く長く続く散歩道の桜が照らされ、沢山の人達が花見をしている。桜の木の下では沢山の人達が楽しそうに微笑んでるというのに、私は場違いな人に見えるはず。ねぇ須賀原山公園の夜桜は綺麗だけど、やっぱり私はここでは笑えないよ。そして場違いな私は“いない”君を、いるはずもないのに探してしまっている。

 君と別れたのは6月初めの雨の日。喧嘩別れでもなく、話す機会が減っていた私達は付き合っている意味がわからなくなっていた。「別れよう」「そうだね」涙もなく別れの言葉を受け入れた。それからもう3回目の桜。今でもここに来ると思い出すよ握りしめた君のその手を。とても温かかった君の手。

 

 2年と半年の交際を振り返ると強く思い出すのは決まってこの公園の夜桜。初めて一緒に来たあの日、花より団子の君が立ち止まり桜を見上げ「綺麗だね」って呟いて。その姿に私は君の手を握りしめた。2人で最後に来たあの日、「また2人で」そう約束した幸せな帰り道。

 大学を卒業したばかりの私達はそれぞれの慣れない社会人生活でいっぱいいっぱいだったよね。忙しさを言い訳にしたかのようにお互い受け入れなくなったし、忙しさを言い訳にしたかのように壊れかけた関係を修復しようともしなかった、そして忙しさを言い訳にしたかのように別れを受け入れた。

 

 馬鹿な私は別れてからやっと君の存在の大きさを知った。私は、私の心に大きな穴が空いてしまった事をどう受け止めていいのかわからなかった。大きな穴が空いたまま季節は過ぎていった。

 別れてから初めての桜の季節にも、2度目の桜の季節にも、私は1人でここに来た。“いない”君を探した。あの時交わした「また2人で」という約束はもうお守りにも道標にもならない。それでも私はあの言葉を心の奥で握りしめて須賀原山公園に来てしまう。本当はもう、私だっていつまでもそんな約束に縛られていてはいけないってわかっている。わかっているけれど。ねぇ、また桜が照らされました。今君はどこにいますか。

 

— 花見の人達の間をゆっくりと歩いていく。 —

 

 一人前と言えるかはまだわからないけれど、この3年で私も少しは社会人として成長出来ていると思う。少しずつ大きな仕事も任せてもらえるようになってきたし、後輩も出来た。でも私の成長を見てほしい君はいない。君もまた、きっとこの3年で成長したんだろうなぁ。今の君に会いたいよ。

 私は前に進む事ができるのかな。進まなきゃいけないとわかっている自分と、進むことを拒む自分がいる。進みたくない自分も進むことを受け入れようとしている自分も君に会いたいと思っている事は同じ。

 

 君は前に進む事ができたのかな。進んだ君に会いたい自分と進んでいてほしくないと思ってしまう自分。それでも立ち止まっている君に今のまま会う事より、前に進んだ君に前に進んだ私で会える事が、きっと、きっと一番いいんだよね。

 いつの間にか、桜の道も終わりのところまで来た。少しだけ立ち止まる。寂しく映った最後の桜。この桜を抜けると散歩道が終わる。振り向いちゃダメなんだ。私に待ってるのはひとりぼっちの帰り道。

 

— 深呼吸。そして歩き出す。 —

 

 立ち止まらない。最後の桜を抜ける。振り返えらない。このまま歩いていこう。このまま、このまま。呪文のように心の中で自分にそう言い聞かせながらの数歩。

— 突然の風、私の背中に吹き付けた。 —

 思わず立ち止まってしまった。振り返ってしまった。風に舞い上がった桜の花、私を包んでくれるかのように舞っていた。それはまるで桜が微笑んでくれたかのように私には映った。ただただ美しく、優しかった。大丈夫、なんだか大丈夫だと、私は思った。ありがとう、もうきっと大丈夫。私なりに進んでいかなくちゃ。

 

— もう一度前を向く。 —

 少しだけ作り笑いをしてみた。下手くそな作り笑いをしてる自分についつい笑ってしまった。よし、もう大丈夫。歩こう。もう君を探すのはやめよう。

 

 

 

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この作品は元々、歌として作曲されたものです。サビの歌詞とメロディが突如“降りてきた”のが2003年3月31日(月)の23時半過ぎ。何故そんな細かいことまで覚えているかというと、その時僕は、“降りてきた”サビからすぐに1番メロディも作って歌い「やばい、天才だ、これは天才だ」とテンションを高めていたところいきなり花火が上がったのです。「深夜に何故花火」という思いと「自分天才だ」という思いが交錯し、結果「自分の天才っぷりに祝砲が上がったんだ」という結論に至ったのです。

その後、あの花火は日付が変わり4月1日になり旧静岡市と旧清水市が合併、新しい静岡市が生まれたお祝いなのだと知りました。

でも、こうやって最終的に小説が今、残ってくれているので。あれはやっぱり、僕の天才さに対する祝砲だったんだと思います。

 


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■アクター:シトロン

 

 

 

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