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ナミダのワケ

 短編小説集《ショートストーリーズ》
“ナミダのワケ”

 

作品情報
ジャンル:青春
コラボ:明里好奇×モグ Writoneライターコラボ企画作品

あらすじ
教室に逃げ込んだ明里、彼女を迎えに来たのは親友の一美だった__

ボイスブック
この作品はボイスアクター・文月水咲咲により音声化されています。音声化当時、リアル女子高生だった文月水咲が表現する“女子高生の物語”を聴きながらお楽しみください。

 

 


逃げ出してきた。飛び込んだ誰もいない教室、勢いよく締めすぎたドアは跳ね返り、少し開いて止まった。私はその場にへたり込む。

 

下駄箱で見てしまったのは、私の知らない女の子と手を繋ぐ佐山君の姿。どうして手を繋いでいるの?佐山君、どうしてそんな…優しい顔をしているの?
「誰?」と不安そうに聞いた女の子。私の事を「友達」と答えた佐山君。何も言えなかった。黙って背を向けて、そして私は逃げ出してきた。

教室のドアが開き、響く声。
「帰るよ明里」
一美の声だ。そっか…その声でわかった。見てたんだろうな。
一美は知っていて、私を迎えに来てくれたんだ。一美にもう心配かけたくないな。いつも通りの私でいなくちゃ。

 

ゆっくり立ち上がって振り返り、できるかぎり笑顔で言う。
「あ、ごめんね、待たせちゃったね。帰ろっ、うん、帰ろう」
「うん、帰ろう」
一美の顔は紅潮し、涙で溢れていた。唇をぎゅっと結び、まっすぐに私を見ていた。
「ごめんね、ちょっとだけ嫌な事があって」
「うん。」
私も、一美も、震える唇で喋っていた。
「私、佐山君と付き合ってまだ、たった2ヶ月だけど…でもね、ホントにホントに私、佐山君の事、好きだったんだよ」
「知ってる」
「でも…終わっちゃったみたい」
「なんか、私も悔しい」
「もう佐山君への気持ちは忘れる事にする。 きっと、好きでいる事も嫌いになろうとする事も辛しい、佐山君への気持ちは忘れる事にする」
「そっか…わかった。明里がそういうなら…うん、わかった。でも悔しい…最後にアイツのこと、ぶん殴ってくればいいのに」
「こんなに好きなのに何もせず身を引くことは、正しいのか間違っているのかわからないけれど…でもね、だからといって…ね、傷ついたから傷つけてもいい、なんて間違っているよね」
一美は止まらない涙を袖で拭って、何度も頷きながら言った。
「明里はそういう子だってわかってた。私の知ってる明里は…私の大好きな明里はきっと、そういうふうに言うって、私わかってた」
「ありがとう一美。ていうか私泣いてなくて一美が泣いてるの謎だよね」
「私も不思議でたまらないよ」
2人して無理に笑顔を作った。
「帰ろっか」
「うん」
そっと静かに教室のドアを閉めた。

 

下駄箱に来た私と一美は、さっき佐山君に会ってしまった場所を眺めていた。少し無言の時間が続いた後、一美は言った。
「ここで見た事、ここで見た人の事なんか、忘れちゃおう」
私は黙って頷いた。
「あと…明里に謝らなきゃいけない事がある」
「謝る…?何を?」
一美の顔は真剣だった。
「明里はそういうやつだってわかっていて、私はそんな明里が好きだけど」
言葉を選ぶように話す一美、私はその言葉をじっと聞いた。
「実はさっきアイツの事…殴ってきちゃった」
「えっ」
「ごめん、つい。咄嗟に。気づいたら思いっきり引っ叩いてた」
「えー」
「私、こんなに強くビンタしたの初めてかも。ちょっと失敗したのか、なんかまだ掌が熱い」
「ええーー…」
一瞬だけ2人して黙り、そして同時に笑った。
「さっきの『傷ついたから傷つけてもいいなんて』っていう私の言葉、台無しじゃない」
「ホントごめん、実は事前に台無しにしてたっていうね、ごめん」

台無しなんだけど…涙が溢れてきた。涙のワケが“悲しい事”だけじゃなくてよかった、一美がいてくれてよかった。私は泣きながら言った。
「ありがとう」
「…ビンタしてれて?」
「いや違う、それはダメ、やっちゃダメ」
お腹を抱えて2人で笑った。この下駄箱はもう、嫌なものを見てしまった場所じゃない。一美と一緒に泣きながら笑った場所。

 

 

 

 

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いかがでしたでしょうか。《ナミダのワケ》楽しんでいただけたでしょうか。ライター明里好奇さんとのコラボ企画、「傷ついたから攻撃してもいいだなんて一体誰が決めたんだ」をテーマにそれぞれ作品を書きました。その時に明里さんの書き上げた作品が《君が光って見えたから》です。同じテーマで書いたそれぞれの世界観をどちらも味わってほしいなと思います。

 

 

《ナミダのワケ》は他のアクターにも音声化されています。
こちらもWritoneが誇る実力派ボイスアクター!

★アクター:多賀真穂

 

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